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【救い飯】 第2話「下北沢とりとんくん〜燻製アベンジャーズ襲来〜」

35歳、元ひもの工場社長川上民生の飲食開業日誌。 
愛するひものと家族を失い絶望した川上を救ってくれた食事「救い飯」、「食」で救われた川上が「食」で人生の再起を図る開業一代記。

雨の木曜日、川上は下北沢にやってきた。 
すっかり日が落ちるのが早く、まだ5時だというのに街は夜の気配だ。 


下北沢、それは言わずと知れた無数の小劇場が軒を並べる演劇の聖地である。 

川上は「お江戸 あやとり」での体験をヒントに、接客や料理に「演技」の要素を盛り込むことを考えていた。 


それもテレビや映画のようなものではなく、舞台のように直にお客さんを楽しませるものでなくてはダメだ。 
そのリサーチに川上は下北沢にやってきた。 

「さて、先ずはどこからチェックしようか…」 


先ずは駅近くのLibertyへ… 


「なにやってるんだろう…」 
まさに小劇場らしく、様々な演目が書かれた掲示板に目が止まる。 


「いいなー、こういうの…『愚か者。』か…」 


「時間あるし、ちょっと見てみよう」 


川上は実は高校で演劇部に籍を置いていた時期がある。 
彼はお芝居が好きだった。 
高校の文化祭で見たシェイクスピアに感動して舞台役者を目指していたこともある。 

その夢はひもの職人の道を選んだ為にあきらめるしかなかったのだが、今こうして演劇のリサーチをしていると二つの道が一つになったようで、川上の胸は高揚感で満たされていた。 

40分程の短い舞台を見終えて、川上は再び街に出た。 

「やっぱいいなー、舞台は!客と役者が近い!楽しい!」 


しばらくぶりに観た演劇に興奮がやまない。 

「まだ時間があるし、もう1本くらい観れるかな…」 


下北沢には多数の小劇場がある。 
高校時代に何度かこの街を訪れたことのある川上は、過去の記憶を頼りに下北沢の街を歩く。 

「あぁ、あったなー楽園!」 


「楽園か…懐かしい…」


「それにしても、もしあの時ひもの職人ではなく役者を目指していたら今頃どうなっていたかな…」


小劇場の看板の灯りを眺めながら、川上は学生時代を思い返していた… 

彼には伊丹という親友がいた。 
一緒に舞台俳優を目指した仲間だ。 
「いつか一緒にシェイクスピアをやろう」 

そう誓い合ったが、ある日どちらかジュリアス・シーザーを演じるかで喧嘩になり、それ以来疎遠になっている。 

川上は喧嘩の別れ際、伊丹に向かって「アントニウスみたいな髪しやがって」と捨て台詞を吐いた。
二十年近く経った今も、それを後悔していた。 
よく考えたら天然パーマ気味の自分の方がアントニウスに近い髪型をしていた。 

ただ、一番の後悔は、喧嘩の原因だ。 
そもそも演劇部は部員3人でほぼ活動歴は無かった。 
もう一人の部員の西川君に至っては、暇つぶしで演技部に入ったようなもので、シェイクスピアをFFの新しい武器だと思っていた。 
ある日の放課後、川上と伊丹のシェイクスピア談義を聞いていた西川君が「俺はラグナロクでいいや」と発言したことでそれは発覚した。 

そうなのだ。 
シェイクスピアなんてやる予定は無かった。 
素人の部員3人でやれる筈がなかった。 
予定の無い舞台の配役で何故あんな本気で喧嘩をしてしまったのか… 

大きさを増す雨粒に打たれながら川上は伊丹を思った。 


「ごめんな、伊丹」 
誰に話すでもなく、川上は声を絞り出した。 


しかし、感傷に浸っている時間はない。 
新たな目標に向かって進んでいかなければ。 
いつかまた伊丹と会える日も来るだろう… 
川上は再び歩き始めた。 


やがて、今日の目的地が見えてきた。 


「やっぱ、ここだよね。」 


今日の川上のお目あてはここだ。 
「本多劇場」 
演劇を志すものなら名前を知らない人はいない。 
下北沢の顔とも言える由緒正しい劇場だ。 

「本多劇場は間違いないからね…最近は何演ってるのかな…」 


演目を覗き込む川上の視線を一つのポスターが掴んだ。 

「え!」 


「ええ!」 


「昇太兄さん!」 


それはテレビドラマ「タイガー&ドラゴン」以来、川上が尊敬してやまない春風亭昇太さんの独演会のお知らせだった。 

「マジか…これは行かなきゃ…」 


春風亭昇太は噺家でありながら、自らアジの干物を作る料理家でもある。 
川上はそんな春風亭昇太に一目置いていた。 

「また来ます」 

独演会のポスターに挨拶し、川上は劇場に進んだ。 
今日のところはひとまず別の演劇を観に来たのだ。 

劇場入口への階段を進む。 


約1時間半の舞台… 

久々の本多劇場を堪能した川上。 
舞台は主人公の女性が祖父母から送られた廃業寸前の食パン工場を立て直すという物語だった。 

その女性は様々な困難に見舞われながらも、食パンを作ることを決して諦めない。 
「この食パンが日本を回しているんだよ。今は何を言ってるかわからないかもしれないけどな。」祖父母は孫娘にそう言い聞かせる。 

やがて成長した孫娘は、ライバルの菓子パンメーカーの意地悪社長や、かつて祖父母への融資を打ち切った信用金庫の職員と戦いながら、最後には見事パン工場を立て直す。 

「途中で女の子が『倍返しだ!』って言ってたけど、あれどこかで聞いたことあるような気が…」 

ところどころ引っかかったものの、概ね楽しめた川上はパン工場と干物工場を重ね合わせて、自らの新たなる戦いに思いを馳せていた。 

「やっぱ芝居はいいな!よし!やってやるぜ!借金倍返しだ!」 


劇場を出る。 
雨はまだ降り続いている。 



「借金を倍返しだ!って、よく考えたらただのお人好しだよね…」 

そんなどうでもいいことを思いながら、駅へと向かう。 


「あ…」 


駅へと向かう工事中の臨時通路に書かれた標識に目を奪われる。 


親子連れの標識は川上に、離れ離れに暮らす娘を思い起こさせる。 

「元気かな…」 


飲食店が軌道に乗ればきっとまた家族一緒に暮らすことができる。 
今自分が成すべきことはわかっている。 
ここで踏ん張らなくては。 


折れそうになる心を震いたたせる川上。 

「そうだ、お店。参考になるお店あるかも。下北にも」 


下北沢といえば飲食店も多い。 
若者の街だけあって、リーズナブルで美味しい店が所狭しと並ぶ。 

「ちょっと駅の方に戻ってみようかな…」 
思いがけず下北沢の外れまで来てしまった川上は駅へと踵を返す。 

「さて、駅までは戻ったけれど…」 

既に21時を超えているが下北沢の人波が途切れる気配はない。 


「やっぱこっちかな!」 
川上は下北沢で一番の賑わいを見せる南口商店街へ進む。 


「やっぱ飲食店が多いのはこっちか…」 
賑やかなメインストリートを進む川上。 


南口商店街は人で溢れ、装飾鮮やかなチェーン店が立ち並ぶ。 
ただ、川上はチェーン店ではなく「下北っぽい」お店を求めていた。 
せっかくの下北沢なのだ。 
やはり下北沢らしいお店に行ってみたいと思うのだろう。 

「んーちょっとここは違うかな…ちょっと脇道入ってみようかな…」 


メインストリートを諦めた川上は脇道に何かお店が無いか気を配る。 
すると気になる通りに足を止める。 


「お、ここなんかお店ありそうな予感するぞ…」 


人通りの少ない脇道を進む川上。 


やがて気になる看板を見つけた。 
「とりとんくん?」 


「とりとんくん…ってなんか、テンポいいね。」 


「おお!なんかどれも美味しそう!」 


「ここ、下北っ子居酒屋なんだ!」 


「よし!ここにしよう!」 
鮮やかなオレンジの看板に照らされた階段を降りる。 


「いらっしゃいませー!」 
元気な店員さんに迎えられ、カウンターの席に通される。 
おしぼりを出してくれた店員さんにとりあえずビールと告げる。 

「ふー、歩いたら結構疲れたな」 


「メニューはこれか…いいね!下北っ子居酒屋!」 


「あら!生ビール早いわぁ!」 
何故かオネェ言葉になる川上。 
まずは生ビールで喉を潤す。 


「うまいねぇ。小麦ちゃんたちの味がいきてるわぁ」


川上は演劇部時代オネエ役を得意にしていた。 
久々の演劇鑑賞で彼は高校時代に戻ってしまっていた。 


「うますぎるんじゃーーー!」 


おねぇを演じると、直後に何故か、反動で大仁田厚が出てしまう。 
男らしさを取り戻してバランスを取ろうとする本能的なものなのだろう。 

「あ、お通しね。かわいいじゃない」 


初来店のお客さんには燻製ナッツがサービスされるということだ。 


「ナッツの燻製…あ、ここ燻製のお店なんだ!?」 


「うん…美味いな…燻製ナッツ。なんかこう、一手間かかっている感じがいいな!」 


「お通しはキャベツか…」 


「いい三角してるじゃない!」 

キャベツの形を褒める川上。 

「まるで中田と名波と山口だな!」 

98年のサッカー日本代表の中盤、伝説のトライアングルを連想させる完璧な三角だ。 

川上はカズを尊敬しているが、ミスターフリューゲルス山口素弘のことも密かに尊敬していた。 

「忙しい時ほど、落ち着いて…」 

川上は干物工場が繁盛してあたふたした時、心の中で日韓戦の山口の伝説のループシュートを思い描くようにしていた。 

焦っては為損じる、忙しい時でも落ち着いて、冷静に…ひものを丁寧に干すのだ… 
キャベツを眺めながらひもの工場の繁忙期を思い出していた。 

「がんばってまた忙しい日々を送るぞ!」 

そんな思いを胸に、視線をキャベツに戻す川上。


「お、このキャベツみそをつけるのか…」 


「こういうちょっとしたサービスが嬉しいんだよね。メモメモ…」 
川上は開店準備のリサーチで来たことを忘れてはいなかった。 


「お店の雰囲気は…なるほど、下北っぽいごちゃごちゃした感じを生かしているのね」 


川上は鋭い視線で店内をくまなく観察する。 


「メニューは手書きで出されるとなんか良いよね」 


「何故ブラジルなんだ…」 


「マッキーにいやんて誰だろう…」 


「でもやっぱ店員さんがPIZZA OF DEATHのTシャツ着てるってのが一番下北っぽいなぁ」 


「お、来たか…」 
やがて注文した品々がカウンターに並べられていく。 


「燻製ポテトサラダに燻製おくら…」 


「なんでもかんでも燻製にすればいいってわけでもなかろうに…」 


人生で初の燻製専門店だ。 
訝しみながら箸をつける川上。 

「だいたい、おくらが燻製ってどういうことだ…」 


「ふむ…」 


「あれ… あれれ…」 


「ちょっとちょっと!おいしいじゃないの!くぅぅぅー」 


「知らない世界ってあるもんだなぁ」 
初めて食べる燻製おつまみに感動する川上。 
彼の人生に「燻製」というまた新たな1ページが刻まれた瞬間だった。 


「これはもう、燻製いっちゃうよね!」 


「サーモンとかも燻製しちゃうの?どうなってんだ?」 


「なるほど、燻製することでほのかな味と香りか…」 
燻製は思いのほか奥が深そうだ。 
すぐに燻製の盛り合わせを発注する川上。 
ほどなくして木製のプレートに並んだ燻製オールスターが彼の目の前に現れた。 


「おお!これ全部燻製なんだ!」 


「ほのかな香りはちゃんとするのかな?」 


「おお!してんじゃん!では早速ソーセージから…」 


「リンリンランラン ソ〜セ〜ジ〜」 

ソーセージをつまむ時にはいつもこのメロディーが頭に浮かぶ。 
ちびまる子ちゃんのエンディングテーマだ。 


演劇部の部室でこの歌を歌っていると伊丹が… 
「ハーイハーイ ハムじゃない〜!」 
と西城秀樹のモノマネをしながら合いの手を入れてくれたものだ。 

「会いたいな、伊丹」 


旧友に思いを馳せながらお酒はすすむ。食もすすむ。 

「燻製めっちゃうまいやん!次どれにしようかなー」 


「これかー!」 


「なんつって、レモンは燻製してましぇーん!!!」 



お酒が進んだせいかよくわからないテンションの川上。 

「よーし、次はこいつだ!」


「これはもう食べる前から美味いの100%わかっちゃうよ!」 


「んんー、これはまた燻した香りが…」 


「やば!うま!燻製!」 


「この、香りの余韻がいいんだよね…」 
すっかり燻製の虜になった川上。 

「ふー、こりゃまいった。燻製メニューも必要だぞ」

燻製メニューを平らげて満足気な川上。 
改めて自分にはまだ知らない料理がたくさんあることに気づかされる。 

「こりゃ燻製ももっと調べないと!リサーチリサーチ!」 
川上は自らの新店に燻製料理を取り入れることにした。 
燻製に関しては素人同然だ。 
勉強しなければ。 

「とりあえず燻製おつまみはマストだな…」 

「まずは燻製専門店に行ってみるか…」 

お店にいたのは2時間ほどだろうか。 
雨は降り続き、帰りの電車も気になってきた。 
川上は店を出て駅へ向かう。 

階段を上るとフト人の気配を感じて振り返る。 

「ん?」 

「何してるんだろう?」 

そこには雨の中お客さんの傘を整理する店員さんの姿が。 
「偉いな…」 

「お江戸あやとり」もそうだったが、良いお店には良い店員さんがいる。 
スタッフの重要性を噛みしめる川上であった。 

すると店員さんが川上に気づき振り向く… 

「ありがとうございました!お客さん、燻製好きなら渋谷のもっくんもおすすめですよ!」 

綺麗に整理された傘立ての横から店員さんが手を振っている。 
会釈で返し、階段を上がる川上。 

「もっくんか…」 
店員さんが教えてくれたお店を今度調べてみよう。 

雨まだ降り続く下北沢の路上を駅に向かった。 

川上の開店準備はまだまだ続く。 
次は渋谷だ。 



「あ、チャージしないと…」 

下北沢っ子居酒屋 とりとんくん

所在地
東京都世田谷区北沢2-15-3 中村ビル 地下1F
営業時間
月〜金17:00〜翌5:00 土・日・祝15:00~翌5:00
定休日
なし
公式HP
https://izakaya-toriton.jp/toritonkun/shimokitazawa

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