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2020年2月21日

強く願えば、叶わないことは無い会社。(KBN業態 BD 利根川拓也)

ファイブグループには、どのようなキャリアステップがあり、各ステージでどのような仕事に取り組むことが出来るのか──。「5ive Career」では、ファイブグループで実際に活躍している“人”にフォーカスし、それぞれの仕事内容や、入社からこれまでのキャリアの流れなどをご紹介します。

【インタビュー対象者紹介】
利根川拓也。32歳。2010年新卒入社。KBN業態のBD(ブランドディレクター)として活躍中。

※1人目はこちらから!!

そもそもBD(ブランドディレクター)ってどんな仕事?

編集部

利根川さんは現在、KBN業態のBDとして活躍していますが、そもそもBDとはどんな役職なんですか?

利根川

業態の最高責任者になりますが、個人的にはブランドに魂を注いでいく仕事だと思っています。

編集部

と言いますと?

利根川

いわゆる業態全体の正解・不正解の選択と、その最終意思決定を担い、お客さんをニーズと業態のコンセプトを通じて『どう提供するか?』の価値をすり合わせる立場です。

編集部

なるほど! 業態が目指す方向性を明確にしていくお仕事ってことですね。

利根川

そうです。ファイブグループは「関わる全ての人が楽しくなれる環境を作ること」という理念を掲げており、その「全ての人」に幅を持たせるために様々な業態を展開しています。各業態でターゲットが異なるので、業態別のターゲットとニーズに合ったブランド作りを推進していくのが、BDの役割とも言えるでしょう。

編集部

ちなみに、BDというお仕事の一番のやりがいや醍醐味はどんな点だと感じていますか?

利根川

人と関わる中で、その人が成長していく姿や過程を見られるところだと思っています。それはファイブの社員はもちろんですが、アルバイトの子でも同様ですね。アルバイトの子が、ファイブを卒業した後に、いろいろな業界で活躍している報告を聞くととても嬉しく感じます。ファイブの世の中への貢献において一番価値の有ることは、良い人財を世に輩出することだと感じています。関わる人にとってファイブのお店があってよかったと感じてもらえることが「最高のやりがい」です。

想いを叶えるための一番の手段が、ファイブへの入社だった

編集部

利根川さんの、ファイブグループ入社から現在の役職に就かれるまでの、キャリアの流れを具体的にお聞きしたいのですが。まずは、ファイブグループを知ったきっかけから教えてもらえますか?

利根川

ファイブグループと出会ったのは、大学生の時に『いざこい高田馬場店』に飲みに行ったのが最初ですね。アルバイトの子たちが本当にイキイキと働いてて、「本当にすごいな」と思ったことを覚えています。

編集部

それをきっかけに、入社を決めたんですか?

利根川

いえ。実は、当時はファイブグループのお店ってことは知らなくて。その後、池袋にある『俺たちのとりとん』にも行ったんですけど、地下二階のお店なのに階段に行列ができていて、そこでも、「居酒屋なのに並ぶのってすごいな」と印象に残ってたんですね。それで、後々調べてみたら、どちらもファイブグループのお店ってことを知ったんです。

編集部

そこで初めて、ファイブグループの存在を知るんですね。

利根川

はい。それでよくよく調べてみたら、ファイブグループの坂本社長は、私のやりたいことを全部やってる人だなと感じたんです。それで、「この人のもとで、この会社で学びたい」と思ったことが、入社を決めた理由ですね。

編集部

ちなみに、利根川さんのやりたいこととは何だったんですか?

利根川

一番は、「人が要因で人が集まる場所を作りたかった」こと。加えて、「人に一番近くで関われることがしたい」と思っていたので、それは何だろうと考えた時に、結論、居酒屋だなと思ったんです。居酒屋という場所を介して「需要と雇用を通じて日本を明るくしたい」という想いが、その根底にはあります。

編集部

ファイブグループだったら、それが実現できるだろう、と。

利根川

そうですね。想いを叶えるための一番いい手段が居酒屋であり、ファイブへ入社することだったとも言えるかもしれません。

上に行かなければ、会社は変えられない

編集部

実際に入社されてからは、どのようなキャリアの流れを歩んできたんでしょうか。

利根川

まずは『いざこい高田馬場店』に新卒入社して、その後は吉祥寺店と所沢店も含めた3店舗の店舗責任者を兼任しました。そこから新店舗の柏店に行くことになるんですが、実は、他の新店の出だしが不調だったこともあって、柏店がオープンするまでは2年くらいかかったんですよ。

編集部

失敗したら、次の出店がまた遠のいてしまう状況ですね。

利根川

そうです。なので、まずは「柏店ではいくら売ればいいですか?」ということを店舗開発の人に聞いて。「650万円が損益分岐点だから、800万円くらい売ればいいよ」と言われたんですが、僕が目指していたのはそこではなかった。

編集部

どういうことですか?

利根川

ただの損益分岐を目指すんではなく、「いくら売れば店舗開発の人をヒーローにできますか?」と。「1000万円売ったらヒーローになれるかな」と言われて。結果、僕はオープン3ヶ月目で1300万円の売り上げを達成しました。その後も右肩上がりに業績は伸ばしていきました 笑

編集部

それはすごい!

利根川

そこからは、新規出店も順調に進んでいくようになりました。ただ、 新店が増えていく中で、ファイブの教えの一つである「売り上げ=支持率」という考えがしっかり浸透していない店舗やスタッフが増えていった。そこに、個人的に不満を抱くようになっていったんです。

編集部

その不満は、どのように解消していったんでしょう。

利根川

会社の仕組みや運営についても色々な意見を出していたんですが、結局、店長職の立場からは会社の仕組み自体を大きく変えることはできませんでした。当時、本部長から言われた言葉を今でも覚えています。

編集部

なんと言われたんですか?

利根川

「タクちゃんの言ってることは何も間違ってないよ」「ただ、その立場からじゃ会社は変えられない」と。そして、「会社を変えたかったら、上に来なきゃいけない」「そのためには、タクちゃんはNOを言いすぎる」と。

編集部

それはまた痛烈ですね……。

利根川

ただ、その言葉があったからこそ、当時からは、上に行くための仕事をかなり意識するようになりました。つまりは、上から降りてきたこともやる、自分のやり方もやる。これができなければ上に行けないんだったらやろうと。

KBN業態と『蛙之介』の誕生

編集部

会社を変えたいという意志を持って上のポジションを目指すようになったんですね。当時、そのために取り組んだ仕事はどういったものでしたか?

利根川

まずは、吉祥寺の『半兵』と『串屋横丁』が当時不振だったので、そこを新業態としてまとめて自分がけん引し、自身のセオリーが正しいことを証明しようと思いました。結果としては、両店舗ともに最高売上を達成することが出来たんです。

編集部

まさに狙い通りの結果になったんですね。

利根川

そのタイミングで、社長から、「半兵と串屋横丁、新規出店していいけど、どっち出す?」って言われたんです。ここでようやく「来た!」と思いましたね。そこで、僕は「どっちもやりたくないです」と。『半兵』も『串屋横丁』もFCの店舗だったので、僕は「ファイブのお店がやりたいです」と言ったんです。

編集部

その意見は受け入れられたんですか?

利根川

すぐにOKは出ませんでした。ただ、「この先ファイブが200~300店舗になった時に、全部FCのお店でいいんですか?」という意見に社長も理解を示してくれて、「わかった、そこまで言うならやってみろ」と言ってもらえたんです。

編集部

そうして、本格的にKBN業態がスタートするんですね!

利根川

そうです。そうして、新ブランドとして『酒呑んで飯食って蛙之介』が誕生しました。ファイブグループとしては、ペコリ以来の新業態になります。

編集部

今や“モンスター店舗”とも呼ばれる『蛙之介』の誕生にそんな経緯があったとは……。時を同じくして、利根川さんはBD職に昇格されたんでしょうか。

利根川

いえ。実は、当時はそういった立ち上げの事例が無かったので、NBD(ニューブランドディレクター)という役職からのスタートでした。ブランド自体が順調に自走できるようになって、BDになったという経緯ですね。

みんなの夢が叶う会社へ

編集部

これまでのキャリアの流れを伺ってきましたが、今後、利根川さんがファイブグループで取り組んでいきたいと思っていることは何でしょうか。

利根川

まずは、ファイブで働くみんなの夢が叶う会社にしたいというのが一番です。そのためには、地方出店を増やして行くために、地方採用を強めていくことも大事だと思っていますね。

編集部

その意図するところは何でしょう。

利根川

結論、その土地の市民性がわかっていないと、その場所のお客さんがどうしたら喜ぶのかもわからないと思うんです。お客さんに喜んでもらえなかったら、なんの貢献にもならない。だったら、その地方出身の人がその場所でお店をやったほうが絶対にいいと思うんです。

編集部

なるほど。まず前提として全国への出店を広げていきたいという考えがあって、そのためには地方採用も強めていく必要があるということですね。

利根川

そうです。あとは、スタッフたちが長く働ける会社にしたいというのもあります。そのための形は、スナックみたいな業態だったり、民宿だったりでもいい。それだったら、50歳以降とか、60~70歳になっても働けると思うんです。ファイブでそこまで働いていれば、相当なホスピタリティは絶対的に身についているので。そこに、新たな「関わる全ての人」の幅と深さが生まれればいいなと考えています。

自分が楽しいと思えることを仕事にするべき

編集部

最後に、これからファイブで働きたい、もしくはファイブに興味を持っているという方々に対して、メッセージをお願いできますか?

利根川

ファイブグループは、強く願えば叶わないことは無い会社だと僕は思ってます。なので、「こういうことがしたい」「こういう自分になりたい」という想いを持っている方であれば、きっとやりがいを感じながら働けるんじゃないかと思いますね。

編集部

実際に自身の想いを叶えてきた利根川さんならではの言葉ですね。

利根川

あとは、そもそもの仕事選びというのを間違えてほしくないと強く思っていて。

編集部

と言いますと?

利根川

仕事は、自分が楽しいと思うことを絶対やるべきだと思うんです。そのためにも、適当に就職先を決めないでほしい。これはアルバイトのスタッフたちにも言っていることなんですが、日々の生活の中で「楽しい」と思うことがあったら、それが「なぜそれを楽しいと感じたか」を掘り下げていってほしいんですよ。

編集部

楽しさの本質を、仕事選びの原点にするべきだと。

利根川

その通りです。言い換えるならば、「何のためにその仕事や作業をするのか」という考え方がとても重要ということ。例えば僕自身だって、“需要と雇用を通じて日本を赤くしたい”という想いが無ければ、目の前の皿洗いはただの皿洗いでしかない。皿洗いが目的になってしまったら、それはモチベーションも下がってしまいます。

編集部

「なぜそれをするのか」の目的意識が重要ということですね。

利根川

夢や想いへの手段そのものが目的になってはいけない、ということですね。それを忘れずに仕事選びや実際の仕事をしてほしいなと強く願っています。

 

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