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祝!永年勤続、10年間のありがとう!!【渡辺 祐二編】

こいくる業態でBDFを務める渡辺祐二。「一通りの仕事ができるようになったら辞めるつもりだった」と語る彼が、なぜ10年もの年月をファイブグループで過ごしたのか。衝撃的な出会いから、妥協することなく高みを目指し続ける男の軌跡を追った。

痛烈な個性を持った人たちとの出会い

学生時代に上京した渡辺が、最初に始めたアルバイト先が、居酒屋行くなら俺んち来い(以下、いざこい)高田馬場店の真横にあるコンビニだった。当時の深夜、午前3~4時くらいになると、必ずと言っていいほど、“俺”というロゴがプリントされたTシャツを着た男女数名がわいわい言いながらお酒を買いに来ていた。

【渡辺】見た目も激しくて、「この子たちは何をしてる人たちなんだろう」と思いました(笑)。パッと見たら、横に同じロゴがある居酒屋があって。

興味を持って、飲みに行ってみた。かなり混み合っていても、店員が気さくにお客さんと話しながら、テキパキと仕事をしている。「ここの人たちはすごいことをやってる」「すごい人たちがいるお店だ」という印象が痛烈に残ったという。

ある日のこと、勤務先のコンビニに、懸賞付きくじを引きに来た客がいた。その男は見事に1等賞と2等賞を引き当てた。それが、当時の高田馬場店の店長だと、後に知ることとなる。

【渡辺】思わず「やべえ!」って言っちゃって(笑)。圧倒的に個性が強いメンバーというか、人の記憶に残るメンバーがお店に多くて、「ここで働き始めたら、自分も何か変われるかもしれない」って思って、働き始めました。

こうして、渡辺はアルバイトとして3年間を高田馬場店で過ごし、2009年には正社員となって、いざこい立川店で働き始めたのだった。

業態内で最年少の店長代行へ昇格

当時の店長や、先輩社員(現こいくる事業部部長の小林克也、KBN業態BDの利根川拓也など)が、とにかくエネルギッシュだったという。まだ入社したてだった2人は店舗づくりに取り組む一方で、渡辺に飲食業について、居酒屋について、チームワークづくりについて、学校では教えてくれないようなことをたくさん教えてくれた。

【渡辺】僕自身もそこにやりがいを感じていたので、「この会社に勤めれば、自分もそういう人間になれるのかな」と思ったのが、正社員になった理由ですね。

2013年には、こいくる業態の中で当時最年少の店長代行となり、全社での年間優秀店舗にも選ばれる。

【渡辺】アルバイト期間が長かった分、実務に関して、わからないことはほとんどありませんでしたね。「あとは店長なるための業務を覚えるだけ」という状態。「早く店長になりたい」と思ってて。今思えば、入社当時からすごく生意気なやつでした(笑)。

着実に実績を重ねたことが評価され、2015年には居酒屋いくなら俺んち来る?(以下、いざくる)蒲田店のオープニングに携わることになる。行ったことのない土地で、新しい店舗をゼロからつくることに期待を膨らませて異動した先には、苦難の日々が待っていた。

「何のために生きてるんだろう」とまで思う日々

オープニング募集は基本的には応募が集まりやすいとされている。しかし、蒲田店では思った以上に人が集まらなかった。オープニングの日が迫り、渡辺は、自身の中で基準を満たしていなかった人材も採用してしまう。

【渡辺】スタッフ採用の軸をぶらしちゃいけない、ってことを痛感しました。自分がしっかり向き合いたいと思える、仮にその子が卒業して別の環境に行ってしまっても、繋がり続けられるような。それだけ興味を持てる人を選ばなきゃいけないというのは、今でも教訓になっています。

その後の2年間は、最初は良かったものの、売り上げは下がり続け、蒲田店は不振店になっていく。

「何のために生きてるんだろう」

そんな想いが、渡辺の脳裏をかすめた。しかし、彼は孤独ではなかった。当時の上司や、近隣店舗の社員、アルバイトたちが、力を合わせて蒲田店を良くしようと支援してくれたのだ。

【渡辺】「自分は1人じゃ何もできないんだな」ってことを痛感しましたし、だからこそ、「周りの人にしっかりと助けを求めて、手を合わせてやっていかなきゃいけないんだな」ってことを学びました。

「二度とオープニングはやりたくないと思った」と当時を振り返るが、無事に蒲田店を立て直した渡辺は、店長代行から店長に昇格。2017年にはいざくる船橋店に異動し、再びオープニングに携わることになる。

ファイブの勝ちパターンに愚直に取り組む

新たな挑戦を決断した渡辺だが、その本心は意外なものだった。

【渡辺】できることならやりたくはなかったです(笑)。でも、「今オープニングを任せられる人が他にいない」って言われて、「それならやるか」と。蒲田店での失敗があったので、「次は絶対に失敗するもんか」と思っていました。そうしたら、船橋店はとても思い通りにいったんです。

何が成功へと導いたのか。蒲田店と船橋店での取り組みの違いは、ファイブの勝ちパターンに愚直に取り組んだことだと渡辺は語る。

【渡辺】『関わる全ての人が楽しくなれる環境をつくること』という会社理念もそうですし、基本五大項目やHCSQFAなど、ハンドブックに載っていることには全て取り組む。アルバイトも巻き込んで、「うちのお店はちゃんとこういうのを目指しているから」と、理念浸透をしたことがやはり大きかったですね。

船橋店での成功体験を受け、2018年にいざくる津田沼店へ異動。同年にはBDFに昇格することとなる。それぞれ約半年という短いスパンでの変化。環境もやるべきことも、大きく変わる。この数年は、光の速さのように早かったと振り返る。

しかし、BDFになることには、人と深く関わるのが苦手だから、という理由で、ためらいがあったという。それでも了承したのは、挑戦してみないと、店長業務以外の刺激的なものはもう得られないと思っていたからだ。それに加えて、「僕の仕事に対するスタンスとかを、ちゃんとわかってくれてる」と語る、信頼する上司の一言も大きかった。

「職位が人を作ることもある」

【渡辺】僕自身は、どっちかって言うとそのタイプなのかなと思ってるんです。「この人だからこの職位になった」じゃなくて、「この職位になったから、こういう人にならなきゃいけない」っていう。大変ですけど、業態を盛り上げていくために、今はひたすら頑張ってますね。

カッコいい人間、魅力的な人間であり続けたい

「一通りのことが出来るようになったら辞めて、次のステージに行こうと思っていた」という渡辺だが、結果として今でもファイブグループにいる理由を、本人はこう話す。

【渡辺】本当に僕は、飲食業とか、居酒屋とか、この会社で関わってくれている周りの人たちが大好きなんだと思います。ここには、かけがえのないものがある。「自分にできることがまだあるかも」って、可能性を感じさせてくれる環境も大きいです。

そんな彼にとって、ファイブグループとは家族であり、親戚であり、兄弟であり、家であり、部活であり……全てのコミュニティが混在している場所だという。「これもそうだな」「あれもそうだな」と思えるのは、とても幸せなこと。そして、誰にとっても、そうなれる可能性のある会社だと。

「僕自身がもっと可能性を広げてあげられることをしていかないと、会社の発展はない」

そう思った背景には、自分が入社当時の向上心や、上昇志向を持たなくなってきている、という自身の危機感があった。常に自分を律する渡辺に、「これから先、どう働いていきたいのか」と、最後に問いかけてみた。

【渡辺】後輩たちが見たときに、どうせならカッコいい人間や魅力的な人間であり続けたいですね。

渡辺は、今日もまた、自分の生き様を示しながら、自らの可能性に挑戦し続けてゆく。

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